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南米いけばなの旅

「花材」求める目―― ペルー 3

 午後は、大使館側が今回の行事やそのほかの仕事のため、協力を依頼してくれたT先生と、花材を見てまわるスケジュールになっていた。T先生は在ペルー二十余年の、ある流派のベテランであると聞いた。
「気にすることはないと思うわよ。こちらからペルーの花材のことや、いろいろなことを教えていただきたいとお願いするのよ」
 市瀬さんの言うことはもっともだった。その国にはその土地特有の植物があるし、また日本と同じ種類の花材といっても、その性質がちがうものもあるだろう。現地に住んでいる人々の情報は、貴重であり、謙虚に耳を傾けるべきなのだ。だから、
「これは水あげがよくききます」
「このつるはけっこう強いんですよ」
 などという情報はありがたかった。
 いけばな使節の旅は時間との戦いでもあるので、無駄な手間をかけることは極力さけなければならない。いままでの経験をたよりに、葉をさわっただけ、あるいは枝をためてみただけで花材の性質がわかるというのは、あくまで日本で入手できる花材にかぎられることなのかもしれない。それを何の躊躇もなく、わからない、教えていただきたい、と素直に言えるのは、私たちの年齢だから許される特権でもあるだろう。
「こういう仕事のときは、現地の人たちよりも、日本から行って長いこと住んでいる人たちがむずかしいこともあるのよ」
 と言われたことが耳に残っている。その土地に長くいる人々には、先駆者としての誇りがある。仕事の内容が同じ私たちは、闖入者(ちんにゅうしゃ)なのである。だがT先生と、何日か一緒に過ごしていくうちに、流派のちがうことなどあまり関係なくなってしまった。ともかくこのプログラムを成功させなければというT先生の熱意は、それからの花材採集や数々の準備にもあらわれた。
 T先生にしてみれば、この日ひきあわされたのは、前日二十数時間におよぶ旅をしてきてまだぼんやりしている、頼りなげな女性が二人。私は赤いシャツにジーンズ姿。市瀬さんも似たような服装をしていた。
「どうかよろしくお願いいたします。花材採集なので、こんな格好で失礼いたします」
 私たちは初対面の印象が大切と、人に会うときは地味めのスーツを着用することにしていたが、ほこりや土でよごれる花材採集は、スーツではいかにも不便である。いったいこの人たち大丈夫なのかしら、いけばな使節というけれど本当にいけばなを人におみせできるのでしょうねぇ、とまで思ったかとどうか、T先生ははじめ私たちがどんな花材を選ぶか、どんな枝に興味を示すか、じっと見ていた。
 私たちは南米のどこの国でも流派をこえた最大限の協力をうけたが、とくに日系の人たちが手伝ってくれるときには、その言葉のはしはしから、いけばなを通して出身国である日本を強く意識している様子が伝わってくるのだった。
 それは、大きくいえば、彼らにとっていけばなが、たんに花をいけるという行為に限定されたものではないということを意味しているのだろう。
 もちろん、平和的で、だれもが安心感をもって近づける芸術にかかわっているということが、その背景にあるにちがいない。また、花をいける行為をこのような形にまで発展させた唯一の国の出身者であるという誇りもあるだろう。
 だが私は、いけばなに対して日系の人々が二十年前にいだいた気持ちと、いまのそれとのあいだには微妙なちがいがあるのではないかという気もした。戦後、日本はめざましい復興と成長をとげた。そしていま、南米におけるここ数年の日本製品の氾濫の度合いは、アメリカやヨーロッパでの状況と変わりがなくなっている。町中の広告には、日本企業の名が圧倒的に目につく。ハイウエイでは、もう昔の映画でしかおめにかかれないような、古いでっぷりとした車を、スマートな日本製の車がぬいていく。
 貿易摩擦のなかで、いけばなは日本のマイナスのイメージをつぐなうものになっているのかもしれない。日本の製品が現地で生産されるようになるまでには時間がかかるが、いけばなは原則として現地で花材を調達する。人々が日常よく目にしている草や木が、あっという間に変身する。それを見た人が、たとえそれがそっくりそのままでなくても、すぐに自分でやってみられる。そんな手軽さも見逃すことができない。それは日本への関心の種をまくと同時に、人々の生活のなかにごく小さなものでも、変化を起こすかもしれない。そんな近づきかたのできるいけばなは、日本の他の伝統芸術が他国に入っていくときに比べると、ずいぶん得をしているようにも思う。それをどう育てていくかは、むろん大きな問題だとしても。

 
― 解説 ―
 
これを書いたときから 日本の世界における立場も さまざまに変化しました。
あのときに比べて 日本って 元気がないのでは?と思うこともあります。また 国として たくさんの援助をしているのに それがあまり知られていなくって世界にPRが本当に下手だなあと はがゆいこともあります。一方 いろいろな条件がいいとはいえない中を 献身的に活動をしている人たちもたくさんいて その活動に接するたび 頭の下がる思いになることも。
そんな中 花をずっといけてこられた幸せ というのもひしひしと感じます。世界には花どころじゃないという人たちのほうが 多いでしょう。 文化を享受できううる人たちというのは そうでないひとたちに対し 何ができるのか ということも世界を回って考えさせられることのひとつです。
2008 Koka
 
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