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南米いけばなの旅

「花材」求める目―― ペルー 1

 ロサンゼルスを経由し、ペルーのリマの空港に着いたのは、成田を発ってから二十三時間後、現地では深夜だった。座りどおしの体は節々が痛み、手荷物がなおさら重く感じられた。
 おりたった空港には、たばこと体臭とそのほかいろいろなものから発せられる南米の匂いが沈んでいた。深夜にもかかわらず出迎えに来ているカジュアルな服装をした南米の人たちのなかに、きちんとスーツを着て眼鏡をかけ、茶封筒をかかえた二人の日本人男性が日本大使館の人たちと知ったときは、体のなかから何かがぬけていったような気がした。しかしそれは一瞬のことだった。さあ、いけばなの旅が本当にはじまるのだ。
 空港ビルを出ると、夜の空気が湿気を含んで肌にまつわりついてくる。私たちの荷物を積んだワゴン車は先に出発し、私たちをのせた乗用車があとにつづく。
「リマは雨はほとんど降らないのですが、沖を流れているフルボント海流がこういう湿気を運んでくるのですよ」
 助手席で文化担当のN氏が言う。そのフルボント海流の運んでくるプランクトンにアンチョビー(かたくちいわし)が集まる。
 日本の三倍の国土をもつペルーは、土地によって気候がちがう。海岸地帯、山岳地帯、森林地帯と三つにわけられる。そして首都リマは海のすぐそばにあるのだ。
 
 私たちの車は寝静まったリマの街をぬけていく。やがてヘッドライトが前方に、大きな白い建物を照らしだした。そこがきのう以来、地球を半周した旅のとりあえずの終点、私たちの宿舎だった。百年ほどの歴史をもつ建物でカントリークラブ・ホテルという。まわりは住宅地だというが、暗くて様子はわからない。ぼやっと白い建物の壁には、つたのようなものが五、六本はっている。私たちが到着するのをどこから見ていたのだろうか、あらわれたポーターたちが荷物を運んでくれる。二人のインディオのポーターは黙々と六個の荷物を玄関にいれる。
 N氏について奥のフロントに行く。
「ブエノス、タルデス」
 一人だけいたチェックのシャツ姿の男が、何か書いていた手をとめて顔をあげる。頭上には羽根を休めている扇風機。きょうの仕事はもう終え、すっかり沈黙した広くて黒光りする円形のカウンターに、ただ一つ私たちの部屋の鍵が出される。それは冷ややかで頑丈なつくりであったが、やはり何となく、南米の匂いがしみついているようだった。
 市瀬さんと私は長旅の疲れもあり、何もかもそのままにして、眠ることにした。さっき税関でいろいろと調べられ、底までチェックされたジュラルミンのトランクとダンボール箱のことも気になったが、いまはどうでもよかった。
 目を閉じれば、目まぐるしく過ぎたこの二カ月のことが、次から次へと頭のなかに浮かんでは消える。とうとう地球の反対にあるリマまで来てしまったのだ。しかし、これから先のことや、私の負う責任の大きさを思ってみれば眼は冴えてきて寝返りばかりうつのだった。だがいま眠っておかないとあとの日程にさしつかえる。時差と、夜のおそい生活が連続するなかでも、何ごともなかったように元気に花をいけなければならない。
 私は意識を集中しようと努力し、やっとゆれない場所にたどりついた安心感を確かめながら眠りについた。二人とも旅の終わるまで風邪ひとつひかずに帰ってこられたのは、奇跡としかいいようがない。いままでのごく個人的な各国への旅の経験から、着いた日の晩の眠りがあとの活動にどんなに影響するかを、よく教えこまれていたからであった。

 
― 解説 ―
 
さて いよいよ南米大陸に上陸。はじめはペルーです。この旅行以降 六カ国のうちチリには 2回うかがっています。けれどこのペルーを始めとするほかの国々は プライベートな旅行でも ご縁がありません。今どうなっているでしょうか。いってみるとまったく初めてと思える国ではないでしょうか。
2008 Koka
 
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